認知症ケア(軽度)

コラム カミムラ
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2015.12.5

「認知症ケアとは何か?」

 

介護職員が苦手な話題の一つなのかもしれないですね。

簡単にいうと、「その人らしい生活」を支援すると僕なら表現するかな。

 

では。「その人らしい」とは何?ってなりますよね。
まっ このようにどんどん「?」が積み重なっていくのが
認知症ケアを実践するということに繋がっていくのでしょう。

 

さて、最近、地域ケアを推進(地域包括ケア)するための会議に参加する機会があります。

この会議では、「最後まで地域の生活を支える」ことをテーマにいつも参加しています。

認知症が発症しても地域で支える為にはどうすればいいのか?

認知症といっても軽度/中等度/重度で関わり方が違うわけで、一概にこうすればいいですよといった
正解はないでしょう。逆に認知症を一括りに考えるのは、〈認知症=何もできない人〉といった偏見を
もたせてしまう危険性を感じます。

 

認知症軽度の場合であれば「認知症」であることを、本人が自覚することが大切になってきます。
早期発見し、早期治療と基礎疾患を知ることで今後の予後予測ができます。

できる事の方がたくさんあるので、日常生活にちょっとした工夫をすることで、フォローできます。

予後予測ができるということは、その予測されることに対する予防や認知症高齢者の意思決定が尊重されていくことにつながります。

 

もし、自分の親や祖母が同じものを何度も買ってきたり、道に迷うことが多くなったたりして、
病院受診した結果、DRより家族のみに認知症と診断された場合、どうしますか?
本人に伝えますか?それとも伝えずに、そっとサポートしますか?

どちらを選択しても、メリットとデメリットがあると思います。また、本人の受け入れる力も重要なのかましれません。
でも、自分なら(支援する立場)(原則)伝える方を伝えます。

それが、その人を中心にした支援だと思うからです。(あくまで個人の考えです。)

 

認知症と診断され、落ち込み、絶望的な感情になるかもしれません。
どうして、自分なのか?と怒りに変わるかもしれません。
もうどうにでもなれ。と生きることを諦めそうになるかもしれません。

でも、「住み慣れた地域(できれば自宅)で生きていきたい」という思いに変わるように支援者は支えとなっていかないといけない。

その環境を創る具体的手段を持ったチームになるように苅田町の地域ケア会議が発展していけばいいと思います。

 

死ぬも生きるも自分で決めたいなー(^_^.)

でも、認知症であるか伝えるか伝えないかは、慎重に慎重を重ねるべきですよ。

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